「勿論、好きだよ」 「・・・」 大将は、相変わらず背中を丸めて、調理に余念がない。 女将さんは、テーブル席の客に接客中であったが、こっちを振り向いた余韻があった。女将は、客の言動を見逃さない如才なさがあった。 友美は、好きかと訊かれて、私の一瞬の間が気に入らなかったようだった。 友美は、白黒はっきりとした性格だった。グレーゾーンを認めない。 好きですかと訊かれて、即座に返答できるのはまやかしであろう。 人間の神経生理は、そんなに単純ではない。 私の弁明しようとする言動を、友美は目で制した。(もういいのよ)とでも言うように。 友美は、きんぴらの小鉢から鶏皮を、一心に取り出しては、私の塩辛の小鉢に、投げ入れていた。 私は、その仕草を、曖昧な視線で見つめていた。 奥のテーブル席から、何やら、言い争うような声がして、私と友美は同時に、視線を投げた。 若い男女の、痴話喧嘩のようであった。 私は、視線を戻して、酒を一気に流し込んだ。 友美は、相変わらず、肩越しにじっと見ている。 私は、友美の肘を押しながら、 「いつまでも見てんじゃないよ」 友美はすぐに私に振り向くと、私の腕を、物凄い力でつねった。 友美は指の力が異常に強い。 おかげで私の手足には、青あざが消えたことがなかった。 手先の器用な人は、独占欲が強く、嫉妬深いと言われているが、友美はまさにその通りの女性である。 「今日の串焼きは、牡蠣にしめじと、銀杏ベーコンですが、いかがしますか」 と、大将は少しうつむき加減に言った。 「両方ください。私に牡蠣、彼女にベーコンをください」 彼女は、魚介類と肉類は、殆ど口にしない。 「ベーコンなら平気かな」 「うん、食べる」 友美は、少し機嫌を直したようだった。 「この小鉢はなんと言ったっけ」 友美は、この小鉢が気に入ったらしく、一心に見ていた。 私はそんな友美の仕草を、ぼんやりと見ていたが、おや、気が付いた。 友美は、その仕草をうつむき加減にしながら、わずかに泣いているようであった。 「なに、何泣いてるの」 友美は返事をしないで、相変わらず、子供のようにその仕草を、繰り返すばかりであった。 私は、友美の性格上、今話しかけても返事はしないと思って、友美が顔を上げるのを待った。 友美は、北海道の出身で、まだ30才前だが、既に離婚経験があった。 大学時代に、韓国に留学経験があり、韓国語が堪能ということで、採用になった。 私達は、東京の小さな貿易会社の課長と部下。 私は40才の前厄である。 私も数年前に、離婚していた。 やがて、友美が顔を上げた。 友美は、その真っ赤な涙顔を、子供のように、手の平で何度も涙を拭きながら、私を見上げた。 そのアンバランスさが、時に、可愛いと思うのだが。 友美は、言葉より行動や仕草で、気持ちの変化が推測できるタイプの子である。 こういう女性は、勝気な方に多いようである。 ← 前のページ |